日本刀という呼称

日本刀という呼称

日本刀は、昔の日本では、「刀(かたな)」もしくは「剣(けん)」と呼び、「日本刀」という呼称を使っていない。

「日本刀(japanese sword)」は元来、海外からみた場合の呼称である。

「日本刀」という呼称は、北宋の詩人である欧陽修の「日本刀歌」に見られる。
この詩の中で、越(華南)の商人が当時既に宝刀と呼ばれていた日本刀を日本まで買い付けに行くことや、その外装や容貌などの美術的観点が歌われている。

「日本刀歌」が歌いたいことは日本刀のことではなく、中国では既に散逸してしまった書物が日本には存在しているということを嘆いた詩ではあるが、日本刀の美しさが、平安時代後期−鎌倉時代初期に既に海外の好事家などにも認められており、日本刀は輸出品の一つとされていたことを示している。

「日本刀」という名称が、日本人にとっての一般的名称として広まったのは幕末以降のことである。その理由として、外国船等の到来により日本人にナショナリズムが高まったことによるところが大きいとされる。それ以前、日本刀は「打刀」(うちがたな)という呼称が一般的であった。


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